メーカー技術者のブログ

技術者転職、めっき技術について

ラックめっき

お疲れさまです。

 

今回はめっき手法のひとつであるラック(引っ掛け)めっきについてご紹介します。

めっきを説明する際に最もよく引用される手法です。品物を浴槽に浸けるだけという印象を持たれがちですが、品質を確保するために様々な検証を行い、条件や構成を決めていく必要があります。それらについて要点を感じてもらえれば幸いです。

 

 目次

 

※めっき手法全般を紹介した記事についてはこちらを参照

めっき手法 - メーカー技術者のブログ

 

 

(1)概要

 ラックめっきは最もオーソドックスな手法となります。

ラック(引っ掛け、ハンガー、吊り具)と呼ばれる治具に品物を取り付け、浴槽内に浸漬させてめっきを行います。  

  電解めっきの場合、めっき浴槽にて、陽極(+)に対して水平になるように陰極(-、めっき品)を設置し、電気をかけます[図1]。1回あたり複数個の品物を同時処理するバッチ式で行うことが多く、治具に複数個取り付けorそれら治具をブスバー(陰極棒)に接触させる形で引っ掛けて配列します。治具は導電性材料(銅、真鍮など)を用い、図1で示す治具上部および取り付け部先端(茶色)はブスバーおよび品物と接触して通電できる状態にし、その他の部分(黒)については絶縁材料で被覆した構造です。

 

              f:id:onE2204:20210227102932p:plain

 

(2)特徴・ポイント

【1】電流分布

 一般に陽極から陰極に向かう電流分布をについて、

①電極や電解槽の形状や配置(幾何学的因子)

②電極やめっき液の抵抗(電気的因子)

③めっき液と電極の界面近傍における反応抵抗(電気化学的因子)

これらを考慮する必要があり、解析や予測をする上では複雑です。そのため、簡単な理解のため、①のみを考慮したものを一次電流分布といい、これについて話を進めます。

ちなみに、③を考慮した場合は二次電流分布といいます。分極抵抗(電流-電位曲線の勾配)や溶液の抵抗率などを含めて議論するもので、めっき液種や含まれる成分(添加剤、錯化剤など)によって挙動が変化します。

 ラックめっきに限らず、その他めっき手法でも言えることですが、電解めっきにおいては、電流分布は一様ではありません。陰極の端部や凸部に電流が集中し、そのような部位では過剰析出となり膜厚ばらつきが大きくなる傾向があります[図2(A)]。ラックめっきでは陽極と陰極の間に遮蔽板を設けることで一定の制御は可能です。図2(B)では陰極と垂直方向に遮蔽板を設置する例が示されています。

             f:id:onE2204:20210227174524p:plain

引用 図2:二級技能士コース めっき科p.88

 

それ以外にも極間距離や電極サイズ、遮蔽板の位置や開口形状などを適切にすることで分布集中を抑制し、膜厚分布を改善できます。図3はその一例ですが、遮蔽板と陰極の距離が近いほどor遮蔽板開口部が小さいほど、中心部膜厚が大きくなる傾向があります。この傾向については扱う品物(陰極)サイズなどによっても変化するので調整が必要です。

 

         f:id:onE2204:20210227174111p:plain

https://www.mizuho-ir.co.jp/solution/research/semiconductor/fabmeister/ep/0303.html

 

現在ではシミュレーション解析により分布を予測することができ、それに基づき槽形状や遮蔽板位置といった項目を目処づけすることができます。しかし、実際に検証してパラメーターを集めて知見やノウハウを蓄積することも重要でしょう。

遮蔽板を用いた検証にあたって意外と見落としがちなこととして、遮蔽板の設置が甘いことでその効果が現れないことがあります。遮蔽板と槽璧に隙間があることで板の横や底から電流ベクトルが漏れて(隙間を通路として)陰極端部の過剰膜厚が制御できていないことがあります。検証時には遮蔽板と壁に隙間がない試作槽を設計するor可能であればテープ等で隙間をふさぐなど、確認をした上で進めるようにしましょう(特に底から漏れはめっき液が槽に入ると見えないので要注意)。

 

【2】陰極

(ⅰ)ラック治具の注意点

 ブスバーと治具引っ掛け部および品物取り付け部と品物の通電接点については、しっかり接触していることが重要です。ここが不十分だと通電不良となり、膜厚分布や析出速度低下などの品質不良が発生します。治具は使用するにしたがい、劣化や変形する可能性があります。特に品物取り付け部はばね式や細い形状のものが多いので変形しやすく、品物としっかり接していない場合や接点位置がずれるといったことがよくあります。また、ブスバーや引っ掛け部の腐食やめっき液成分由来の塩付着により通電不良となるケースもあります。洗浄やサンドペーパーで磨く、交換するなどの対応が必要です。治具の劣化や変形に注意し、定期的なメンテナンスや点検をしましょう。

 

(ⅱ)めっき反応中の水素ガス発生

 これは電解or無電解めっきで共通する内容ですが、めっき反応中は陰極電流効率が100%でない限り、陰極界面上では金属析出と同時に水素ガスが発生します。計算上では電流効率が100%であったとしても、局所的にガス発生している可能性もあります。発生したガスは反応中に皮膜に取り込まれ、ピンホールやガス跡による外観不良といった問題につながる可能性があります。そのため、この水素ガスを陰極から素早く放してやる必要があります。その手段のひとつとして陰極(品物)を揺動させながらめっき処理する方法があります※1。原則、めっき処理中は陰極は動かすことが必要で、これはめっき手法全般で共通して言えることです※2(噴流めっきは除く)。例えば、くぼみ形状の品物をめっきする場合は発生ガス発生がくぼみ内側に滞留するため、くぼみ側が一定頻度で上を向くように揺動することが有効でしょう[図4]。揺動については、品物の形状によって上下・左右・前後・回転といった方向およびその速度など適切な方法を見出す必要があります。検証段階でガス跡の位置や方向に注意しながら確立していくことが重要です。

※1 その他にめっき液に適切な界面活性剤を添加する、撹拌を強くするなどもある

※2 フープめっきやバレルめっきについては、そもそもが品物を動かしながらめっきする手法

めっき槽や治具の構成上、揺動を行うのが難しい場合はパドル撹拌を陰極付近で左右方向に導入するなどの方法も有効です(図5)。

 

    f:id:onE2204:20210227205133p:plain     f:id:onE2204:20210227204848p:plain


引用 図4:二級技能士コース めっき科p.86   

 

まとめ

・ラックめっきは品物を取り付けた治具を引っ掛けて行う手法。品物を複数個取り付けてバッチ処理を行うことができる。

・電解めっきでは、陽極から陰極へ向かう電流は一様ではないため、膜厚分布はばらつく。極間に遮蔽板を設けるなどでそのばらつきを抑制することができる。

・電解めっきでは、電気接点をしっかりとることが重要。ラック治具の定期的なメンテナンスや交換が必要。

・めっき中は陰極界面上では水素ガスが発生する。それを取り除くために陰極(品物)の揺動が必要

 

 

 

おわり